まだ生きてる

無職、一人暮らし、元オタク、精神障害手帳2級、荒れ果てた部屋を掃除しつつ、立て直していきたい。生活と記憶の日記。

家に調味料がある。冷蔵庫に食材がある。

少し上がっている。

今はビプレッソを使っていません。鬱転の入り口からド鬱にはならなかった。

ビプレッソをうまく調整出来たのか、一日に用事を詰め込まないようにしたからか、たまたまか、不眠用の認知行動療法がいい感じに作用したのか、よく分からないけれど、ここから落ちたらもうどうにもならない気配からの落ち、はありませんでした。

 

調味料があります。

去年買った醤油と白出汁、春に買った塩コショウ、今月買ったごま油、今日買っためんつゆと酢。ゴマ油は調味料ではない。でも、5つ調味料があるなんて、どれだけぶりかわかりません。

野菜を焼いて、酢とめんつゆにつけています。ガラスの容器を300円で買いました。スーパーの酢は100均の酢より安い。

 

今月に入ってからは甘いものは食べていない。

 

主治医に、「砂糖を急にやめたから、鬱転ってこと、あるんでしょうか」と聞くと「うーん、それはちょっと違うかもね…」と言われたりする。たまたまなのかな。

 

自炊をギリギリ出来てはいて、そして暮らせてはいて、状態を書き残しておきたいけど、特に文章は浮かんでこない。500字打つのが結構難しい。あと20字もあるぞ。

 

通所先で同じメンバーの、おそらく発達障害のかたの振る舞いにイラッとしてしまうことがある、と相談して頓服にエビリファイ(液)が出た。なんとか…なんとかしていきたい。

 

生きていかねば。

こんなことが

トースター、鍋、お粥、フライパンの蓋を貰いました。

トースターが私の家に(使える状態で)あるのは十年ぶりくらいだろうか。もう使えなくなって壊れた状態で五年くらい放置して、捨てたのがおととし? 時が過ぎる。

十年ぶりくらいに、パンを焼いて、食べる。おいしくてちょっと泣いた。

 

上がり過ぎるな、とビプレッソを抜いたのだが、どうしても底に落ちてしまって、昨日の夜ビプレッソを50㎎飲んだ。20分くらいで辛さが消えた。今も落ちはしない。少しだるい。(食欲もある)強い薬なんだろうなと思う。

 

明日は通所日。

うつ、躁、うつ、躁、半日で変わる……

晩御飯(納豆ときゅうりとか、納豆と豆腐とか、納豆とトマトと牛乳とか)を食べた2時間後にビプレッソを飲む。うつ転の底に落ちるのをビプレッソの腕力で止める。

底に落ちるのは止められるのだが、雲行きがあやしくなる。

 

日曜日、本を一冊買ってしまう。読むととても面白い。ページをめくるのが楽しくて、続きが読みたいけどページをめくりきったら終わってしまう。読み返してもいいな。好きな歌を聴きながらこの本を読み返したら幸せだな、と思う。生きていたいなあ。

 

希死という程明確ではなくても、薄らぼんやりと「もういいし、未練はない」と思っているのが私の常なのだが、ビプレッソがしっかり効きすぎてしまったのか、「生きたい、あと数時間は生きたいし、起きていたいし、今楽しい」と感じてしまってダメだった。どう考えても躁の坂に落ちる(躁の坂も落ちるなのか?)。おかしなことをしてしまう、と思って昨夜のビプレッソを抜いてみた。またうつ転する。胸がぎゅっとなって地面に押しつけられるようになり、喉はつまって食欲はなくなる。このままではこのままでは底に落ちる、と思って昼過ぎにビプレッソを服薬する。効いてくる。体がぼんやり重くなり、頭が少しふわふわして、気持ちが上がって(上がっちゃだめだろう)、食欲がわいてくる。このまま上がると躁になる。それはそれで困るんだ……

 

と、もんどりうってます。

薬の腕力以外でどうにか出来たらいいなと思ってはいる。明日は医者だ。

洗濯をしたり、布団を干したり、お風呂に防カビ剤を焚いたり。

次の通院の為に話したいことを纏めておかねば、と思う。

優先したいこと
・欠席はせずに通所出来ている(週に3回だけど…)
・睡眠日記によって睡眠時間の管理は(一部)出来ている
◆突然うつ転した
◆突然うつ転して、何もかも駄目になりそうだったので、その日の夜、ストックしてあった(飲み切ってなかっただけだ)ビプレッソを飲んだ
◆ビプレッソのおかげか、『底に行く前』の段階ではいるが、あまりフラットではない。底は多分6月1日と2日だった。ぐっと鷲掴みされたように体が重かった。薬を飲まないと落ちるかもしれないし、落ちないかもしれない。
◆薬のせいかうつ転のせいか寝すぎてしまう。8時40分過ぎ等に起きる。ずっと横になっていたいと考えてしまう。
◆躁の気配もある
◆この感じをどう管理しよう? 出来るだけ、一日に済ませる用事を一つにしようとはしている
・こわいのは、時々多幸感のようなものがやってくること。

・うつ転で体重が1.5キロ減りました。でも夜ビプレッソを飲んだ後の謎の食欲で夜中にものを食べてしまうのもきついんです。
・私の髪の毛ってこんなに薄かったですか?
・ポリタミンはなぜかストックがあるので、今回は少なくて大丈夫です
・痛み止めを出していただけると有難いです


◆を伝える為に、他を削らねばならない。
順番に説明するのは難しい。

洗濯物を干して、PCを見るでもなく見ていたら、突然数秒間の耳鳴りがやってきて、去った。
母と暮らしていた頃、といってももう17年前なのだが、暮らしていた学生時代はほとんど常に耳鳴りがしていて、人間は常に耳鳴りする生き物だと思っていた。働きだして一人暮らしを始めて、ある夜耳鳴りがしないことに気づいて、「ピ―――――」は消えるものなのか、ととても驚いたものだった。今も母と同じ空間で過ごしたら、耳鳴りがするのだろうか。
九割九分私が悪くて、でも母だって一分くらいよくない、と念じたりしているのだが、冷静になると十割私が悪いのだ。いやもう、どちらが悪いのだ、と決めることは、意味がないのだ。一緒には過ごせない。それだけは確かだ、と常に再確認しなければ、実家でもいいじゃないか、と何かが囁いてくる。こたつで寝ている母。テーブルの上に、新聞や広告に「○○(姓)××(名)」と名前がいくつも書かれている。○○(姓)は母と私の姓だ。××(名)はいくつか、それぞれ違う名前だ。私の名前ではないいくつかの名前は、「もしこの名前にしていたら、まともな子に育ったかもしれない」という母の過去の振り返りらしい。「この名前なら素直で優しい子に育ったかもっていうシミュレーション」と母は言う。三日に一度は見た景色、まだ帰郷をしていたころ、夜になると机の上に『この名前ならましだったかも』リストが並んでいる。あれを見るのは、結構苦しい。


このところスーパーの野菜売り場を歩くたび、野菜の値段に驚く。
昨日70円だったトマトが今日は98円だ。

起き上がって動ける。

多分混合状態


文章にして数か月後の自分に数か月前の自分はこうだった、と残しておきたい……と思い、メモ帳を開いて一時間半が経過した。纏まらないのでtwitterを眺めたり、壁に光があたっているのを眺めたり、布団を干したりしているうちに時間が過ぎた。

 

混合状態なのだろうと思う。


気持ちは落ちる一方で、薬を飲まなければおそらく動けていない。
でも、こうしてブログを更新しようとしている。いくつか話したいことがある。誰にだろう? おそらく次の通院で私は饒舌になる。いつもより家電が欲しい。
本が読めない。実用書はまだいけるのだが、フィクションを読めない。
気がつくと歯を食いしばっている。

 

家電と調理器具が欲しいのだ。家電があったら自炊がもっと楽だろうと思いながら、切っただけの野菜や豆腐や納豆を食べている。
鍋が欲しい。2月はじめに購入した鍋を、5月半ばに焦がして駄目にしてしまった。2000円くらい。買えなくもないのに買ってない。判断力が死んでいるが、もうずっとこうだったかもしれない。
トースター、電子レンジ、冷凍庫がついている冷蔵庫が欲しい。炊飯器もあると嬉しいかもしれない。
持っていた時期もあるのだ。働いて、使わない日もあって、駄目にしちゃったけ
ど。また駄目にしちゃうのか、と思うと買えない。あと正直、お金がない。買えなくもないし、買ったほうが大局的に見たらいいんだろうということは、分かっている(と思う)。
眠るときに家電を買えない、欲しい、買いたい、貯金が何年前に比べていくらになった、と考えて、もう駄目だ……と思いながら眠る。文章にしてみると、ちょっとだいぶ滑稽だ。小さな冷蔵庫とフライパンと包丁だけでどうにかするのは、難しい、と分かっているのだ。夏はしんどいし。


時々5ちゃんなりなんなりで「精神障がい者は早く死んだほうが世の為」「本人
の為」みたいなスレッドを見かける。そんなのは私も分かっているのだ。分かっているというより、思っているのだ。
たとえば『医療費のお知らせ』の葉書を受け取る。見る。月に二回精神科に通っているし、薬も出して貰っているので、結構な額だ。でも自立支援を使っているので、月に15000円くらい医療費がかかったとしても、3分の1しか窓口で私は支払わない。そして上限があるので、上限は越えない。更に市の福祉課に自己負担上限管理表を提出すると、一か月半~二ヶ月後くらいに、自己負担上限管理表のひと月分の半額を助成金として振り込んでもらえる。この、助成、誰のお金か? という話である。私は自立支援を使わないとぶっちゃけどうにもならないけれど、制度に甘えますけども、私を生かして国の為に何かなるかといえば、何もならない。だろう。

他の精神障がい者の人を巻き込むつもりは無いけど。


今日、朝起きて、カーテンをあけて、窓をあけて、換気をしつつ、フローリングに光が射しているのを見て、私が一人でこう暮らせているのは、今だけの奇跡なのかなあ、一人でここで暮らせているうちは、生きていたいなあ…と思ってしまったりした。混合している。

 

心当たりがないうつなわけじゃなかった。と気づく。

6月1日の午後から急に落ちた。
今も胸が何かに急かされているし、上半身も見えない大きな手で握られているように重いし、未来を考えるといられないし、本を読んでも目が滑る。

(何もきっかけが無いのに、何が理由だか分からないのに、落とし穴に突然落ちた。嘆き悲しみではない重さは年単位で久しぶりで辛い)と思いながらビプレッソを寝る前に飲んだりしてしのいだ。ビプレッソを飲むと、とにかく寝すぎる。21時半に寝て、6時半に目を覚ましても布団から出られないまま7時を過ぎてしまったりする。

通所からの帰宅時、納豆やトマトや豆腐や牛乳を買いながらふと気づく。
急にわけもなくきっかけもないと考えていたけど、思い返せば心当たりはあるのだった。砂糖の離脱症状なのではないか?

ふと気づいたらつむじのあたりの毛が抜け落ちていて、鏡の中に中年どころか老年の女がいるようで、先月の29日から菓子パンや菓子の類を口にするのを止めたのだった。納豆やトマトを主食にしている。

まともな人(広義)にはとんでもないことだろうし、私自身もひどいなとは思うのだが、食生活駄目ループになると、惣菜を買って乗り切ったりせず、六個入りのチョコパイを一箱(@190円)買って、一日二個食べて、三日分の食料にする、とかしちゃっていた。野菜を煮たのを食べてる日でも(※一月に自炊が出来ないと嘆いているが、その後野菜を煮る生活をしばらく続けていた)、ドーナッツを朝ごはんにしたりもしていた。それを止めた。そして抑うつ状態になっている。
砂糖の離脱では?

何一つ解決してはいないが、「思い当たること」に気づいたので、ちょっと気が楽になった。砂糖依存症の離脱症状はだいたい三、四週間、長くて一か月出るらしい。一か月は呻いていればすぐだ。見当違いかもしれないので、次の通院で医者には話そう。


今日は通所日でした。帰りに図書館に寄った。

 

借りた本
・『対人関係療法で治す 双極性障害』 水島広子
・『もっと知りたい 双極性障害』 加藤忠史
・『大人のアスペルガー症候群 正しい理解と知識』宮尾益知

 

 

精神障がい者は健常者に比べて10年以上寿命が短いという話は正直救いなのだが、10年しか短くないんか?とも思う。

可能ならば50迄に、いや45迄に、いやもっと早くても全然構わなくて、ある日ある朝冷たくなっていたい。もう十分生きちゃったので…。