まだ生きてる

無職、一人暮らし、元オタク、精神障害手帳2級、荒れ果てた部屋を掃除しつつ、立て直していきたい。生活と記憶の日記。

昼までは寝られない。

目を覚ますと、朝7時。体がどうも重い。

重いながら、スマホで時刻を確認して、流れるようにネットを見てしまう。「これがまずいんだな」とふと気づく。このまま布団で、スマホを眺めていてはいけないだろう、と気づく。

が、どうやら体が重い。

 

年末年始、友人宅に二泊三日でお邪魔したこと。その間、眠れなかったこと。1月3日、初売りで洗濯機を買うという無職にしては非常に大きい買い物をしたこと。二泊の睡眠不足を昨日一日で、躁ぎみのテンションに任せて取り戻そうとしたこと。躁ぎみだな、と自覚したものの、落ちるだろうな、というおぼろげな予感のみで対策は練っていなかったこと(でも、対策って何をしたら?)等の複合で、どうやら疲労してしまったらしい。体が疲れていて、重い。

休まないと体調不良の域に落ちるだろうな、という、予想を立てる。

休もう、今日は休む日にしよう、と決める。

 

そして今日は、玄関そうじ、リビングのごみを台所に捨てる、掃除機をかける、顔を洗う、歯磨き、という最低限の朝の動きをした後、整え直したお布団に再び潜りこんで、横になりました。

 

今日は休む日にしよう。

 

時間が進む。午前11時。ぼんやりと、スマホを手に、一般の人の『体調不良の日の一日』という動画などを眺める。どうも疲れていて、動画を見ていられない。目をつむる。睡眠が足りてない感はあるが、眠くはない。眠くはないし、今、寝る時間だとも思えない。体がこわばってくる。また昼過ぎまで寝てしまうのか。そんな生活に戻るのか。嫌だなあ。

 

体を起こす。だるいが、動けなくはない。

一日にひとつ何かしよう、と思う。昼まで眠れるのは、昼まで寝てもそれがペースに出来る人や、立て直すことに何日もかかったり、立て直せなかったりする人だろう、私はそうではない、と思う。

 

動き出して、窓を開けて、軽く換気をして。

ベランダに出て、室外機、ベランダの手すり、網戸、ベランダの床、を雑巾とアルコールスプレーとお湯を使っておそうじしました。

 

昼まで寝ることは私には困難です。

昼まで寝るのは難しい。加減が難しい。戻れなくなる可能性が見えるから、出来ない。

 

今日また、早めに寝て、多めに睡眠を取って、それで二泊の睡眠不足を解消しようと思います。

 

生活のリズムを、保たねば。強迫観念と近いかもしれない、かもしれないし、ひとから見たらレベル低いところでうぞうぞしてるだけかもしれないけど、保っていきたい。ただ、休む日と決めたので、網戸のそうじだけで、あとは軽く掃除機をかけて、で本を読んだりネットを見たり、のんびり過ごす予定です。本当はここで、自分に優しい野菜の料理でも作れたらいいんじゃないかな、とぼんやり思う。

 

-読んでる本

『捨てる女』内澤旬子

 癌を病んだ後のイラストルポライターである著者が、ある日「捨てる」に目覚めて、本を、物を、自身の絵を手離していくエッセイ。「捨てる」の先になにがあるか知りたくて手に取った。事前に、「捨てた」後に著者がうつ状態になるということは知って読んだ。

 どこか懐かしい雰囲気の口語の本。慣れれば読める。捨てた量があまりにも膨大かつ、捨て方も特殊ではあるので、あまり(私の)参考にはならない。こういう人もいるのだな、と思う。

『独居老人スタイル』 都築響一

 面白い。人生がすごい。取り上げられてる人が、破天荒さへの才能がある人が多くて、ここまでは生きられない、とも思ってしまう。こういう人生もあるな、と思う。

『べつの言葉で』ジュンパ・ラヒリ

 訳が美しい。著者の情熱が痛ましいほど鮮烈。

『苦手図鑑』 北大路公子

 読みやすい。

 

正月に入る前に図書館で本を借りたので、まだ読む本があります。

図書館で疑似的にイン-アウトをしている気がする。