役所に行ったのだった。
年が明けた。役所も開いている。
ということで、役所に行ったのだった。障害福祉課だ。
-役所側からするべしとされた事柄。
・就労移行に通い出すがどうしたらいいだろうか、という話にあたっての聞き取り(これが何の為だったのかイマイチわからない。聞けばよかった)
-こちらから聞きたくて聞いたこと
・福祉助成金についての質問
・就労移行支援に通所するにあたって交通費等の補助はあるかどうか
だいたい聞きたいことは聞かなければ答えてはもらえない。しかしこちらが何を知らないか先方は知らない。私は自分が何を知らないか分からない。先に可能な限り調べて出向くが、しかし、制度は自治体によることが多い。
私の、今住んでいるところの、限定的な経験談であるけれど、若い職員の場合、先方から開示して貰えることはほとんどない。特に福祉課は。市の福祉助成金を月に8千円貰っているが、これは、年配の女性が窓口にいた時に、障害手帳の受け取りをして、その時初めて教えて貰って申請したものだ。「こういうものもあるのよ」と。受け取る資格はもっと前からあったらしい。知らないということと貧しさと知識の提示はわりとストレートにリンクしている。
今回対応してくれた職員は若い女性だった。
私が住んでいる地区の担当職員だそうだ。
障害手帳を見せて、生年月日と名前を伝えて、福祉課の窓口で聞き取り調査。「朝は何時に起きれてますか」「日中は何をしていますか」「精神は安定してますか」「食事はとれていますか」等等と聞かれる。これが結局どういった情報になるのだろう? と疑問を抱きながら、都度答える。昼夜逆転はしないようにしています。眠れない時は全然眠れません。食事はとってません。料理は出来ません。そうじは得意じゃないけど、強迫観念的に継続してます。入浴はほとんどいつも辛くて、ほとんどいつも被害妄想的で、ほとんどいつも死にたいが、自傷は一切してないです。着替えは面倒ですが一応しています。水は飲み過ぎています、薬の副作用もあるとは思います。健康管理は出来てません。
一通りの問答の後、「了解しました。それでは、地区の相談はこちらのセンターで行います。センターに行って、役所には申し込んだと伝えて下さい。移行支援が使えるようになるのは、今月末くらいからですね」と、にこやかに教えてもらう。きれいにお化粧をした若い女性職員だ。「ですね」が話を切り上げる時のイントネーション。
「あの」、と私は声を出す。「あの、前に聞いたことがあるのですが、通所するとき、交通費の一部を支給してもらえると」。職員は一瞬きょとんとする。私の滑舌が悪かったのかもしれない。そして、一瞬をすぐに切り替えて、窓口の内側の棚を探り、さっととプリントを取り出す。『更生訓練費支給請求書』『口座振込払依頼書』、「記入例」と原紙を一枚渡される。「これを使いまわすんです」職員がにっこり笑ってくれる。対応は穏やかだ。ただし説明がほとんどない。記入例の何々がどういう意味なのか、説明は無い。「他に質問はありますか?」。
この人は、対応は穏やかだし、感じはいい。とても。
でも、説明がほとんど無い。私は諦める。別の福祉のセンターの人に、相談しようと決める。あるいは、別のタイミングでまたここに来て、別の職員さんに聞こう、と思う。なのでこの人のことを諦める。ただ、地区の担当はこの女性らしい。どうしたものだろう。
「市の助成金を月に8千円分貰っているのですが、申請の更新は必要ですか?」と聞く。「……あ、福祉助成金のことですか? それでしたら9月にこちらで審査をして、自動的に更新されます。就職なさったら、支払われないようになります。そうでなければ、継続されます。」何かが端折られた気がする。何かを端折られた気がするが、何なのか分からない。9月までには就職していたい。
私は頷いて、ありがとうございました、と言う。聞き取りって何だったんでしょう、さっきの問答の情報、何に使うのでしょう、聞きたいのはこれなのだが、タイミングを完全に逃していた。今日は私、何の為に来たのだっけ。役所の福祉課に電話で「就労移行に行こうと考えてます」と伝えたら、「それでしたら話を直接伺いたいので、来て下さい」と言われて、直接窓口に出向いた。これで終わりでいいのだろうか。
手続きが手続き、という感じがしなくてどうにも落ち着かない。
受け身ではいけないのだ。疑問を抱いたら、聞かねばならないのだ。と、文章に書きだしてみてようやく気づく。我ながらばかだなあ。頭が働いていないのかもしれない。
-どこに行くにも交通費がかかる。
役所の帰りに銀行で記帳する。貯金残高に気が遠くなる。少ない。年末年始、友人の家に泊まりにいっただけなのに、思ったより、使ってしまった。12月の月末前に、年始用、と引き出した分を浪費する速度が想定の二倍。
-私は長く同じアパートに住んでいる。
だから色々なところで不具合が生じている。
20年以上前(私が入居者する前)に備え付けられた冷蔵庫が、冷蔵庫なのに、牛乳を入れると数日で凍る。
エアコンが、フィルタをそうじしても、効きが悪い。部屋が荒れていた時もすきまを塗ってフィルタはそうじしていた。寿命が近いんじゃないか、とは思っている。
窓に隙間がある。
下駄箱なんだかどうなんだかいまいち判然としない木のボックスの蓋が緩んでいる。全然使ってないが緩んでいる。
インターフォンが壊れている。インターフォンは全然使っていない。
ということを纏めて管理会社に連絡しようと思う。※
賃貸サイトを見ると、私の住んでいるアパートは、同じ階の角部屋でも私の賃料より4千円安いらしい。ついでに、住んでるアパートの隣のアパートが入居者を募集しているという情報を得てしまうが、ずっと築浅で、よほどきちんとした設備と、敷地内のごみ捨て場と、広さと、玄関があって、私の部屋より、安い。賃料や日当たりや駅からの距離等近い条件で色々探す。ぼんやり過ごしている間に、このあたりの家賃が全体的にかなり下がっていた、らしい。ままならない。
雲っているが晴れるのではないか、という博打気分で朝から洗濯機を回した。
15年くらい前に友人に貰ったワンピースも洗う。形がきれいで、しゅっとしていて、着やすいワンピースだった。友人は途中で精神的な問題を抱えて退学してしまい、交流が途絶えている。二度と会えないだろう人から貰ったものは形見のようだ、となぜか考えてしまう。それでも、二度と会えないだろう人から貰ったプレゼントも、いくつも捨てた。ただ、どうしても、形もきれいなんだ。もう存在しないブランドの、シンプルなデザインのワンピース。
捨てられないでいる。曇っている。雨は降ってこない。
後退はしていないとは、思う。
ただうまく前進出来ているかは、わからない。
早めに入眠したものの、22時半には目が覚めて、午前4時まで寝付けなかった。よくない兆候がやってきている気がする。今夜こそきちんと眠る。眠りたい。
-読んだ本
『あんたさぁ、』ルネッサンス吉田
双極性障害で呻いている女性が主人公の漫画。弟とふたりでおばあちゃんが残してくれた家に暮らしつつ、漫画を描いている女性は、時々体を売ったり、売る必要もないのに男性と会ったりする。躁の時が「生きるの楽しい」となるタイプの双極性障害の人なので、躁状態については、ははあこういう感覚なんだろうか……なるほどわからん……なのだけど、うつ状態の時がすごい。とんでもなく参考になる。うつ状態の時って自分の状況や状態を言語化出来ないことが多いのだけど、この漫画で、主人公がうつに陥ってる時、まさにそっくり同じような精神状態であったり、考え方であったり、部屋の荒れ方であったりする。いっそ診察で「こうなんです」と使えるんじゃないかとすら思う。
「死ぬまで死なずに生きること」を生きることと定めて、行く末をどこか諦めつつも決めるこの女性、ラストシーンの穏やかさをおそらく保ちきれはしないだろうけれども、生き続けるのだろうな、と思う。あと弟が酷い。主人公が弟を本気で(姉として、肉親に対しての愛で)愛しているだろうからこそ、弟の酷さが残酷だ。単純に酷い弟ならいいのだが、彼もまた姉を大事に思っていたりなどするから、やるせないものがある。そこもまたいいです。
この作家の本、時々自伝的だったり、テーマが繰り返しだったりする。繰り返した末、の一旦の答えがこれなのかなあ、と思った。
※……雨は結局降った。ワンピースは、形がどうしても好きだけど、洗っても、どうにも色褪せていて、ほつれもあって、手離した。悲しい。こんなにシルエットがきれいに出るワンピースは、この一枚しかなかった。ワンピースをプレゼントしてくれた子の名前を思い出そうとして、思い出せなかった。